BLOG TO THE LIGHTING

ライオンの叫び

颯太は25歳。専門学校を卒業し大手内装デザイン会社「朝日工芸社」に就職している。朝日工芸社は、商業施設の内装業全般を請け負い、企画立案からデザインに施工とありとあらゆる業務をこなす。下請けも多く抱え、現場に穴を空けない仕組みも構築している。各プロジェクト毎にチームを作り、プロジェクトが終わると解散する。いわゆる個人商店の集まりだ。各チームの裁量の良し悪しで評価も変われば、報酬額も変わる。センスとやる気があれば、会社の看板が大きいだけにやりがいは大きい。その分、ヘマをすればその代償も大きくペナルティーを食らうことになる。チームによっては質より量をこなしたり、顧客より現場を優先するなど、バラツキもある。

今、颯太のチームは横浜駅のショッピングモールの改修。テナントが100以上あり、その共用部のリニューアル計画だ。リトルハンガリーをコンセプトに街並みのデザインを統一した共用スペースを創ることだ。そのためには、各テナントに対してファサードのルールを決め、テナントのデザインも監理しなければならない。颯太の担当は、出来上がったデザインを演出するための照明計画と、各テナントのファサード用の照明器具の選定だ。そして、テナントに客を誘導する仕掛けを施し、ⅤⅯDの導入を推奨し買い物のし易さと売上に繋げる工夫を、光を通して導入することだ。やることは決まっている。通路の照度とファサードの照度の割合からテナントへの入店を促す仕掛けを作り、共用部の回遊をストレスなく仕上げ、出来る限り滞在時間を増やすことも考える。光の強さや色の変化も加え、それが来店者に気が付かれないように変化する。夕方、夕日が落ちて外がだんだん暗くなるような雰囲気で。リトルハンガリーのコンセプトデザインが決まり、照明器具の選定作業に入った。天井は中世のヨーロッパの装飾を施し間接照明で演出する。間接照明は時間によって照度と色温度が変わり、外光と連動する仕掛けだ。午前中は活気が出るように色温度も照度も高めに設定し、午後は色温度を少し下げ3000ケルビンにする。夕方からはさらに色温度を下げ照度も下げる。壁面にはシンボルとなるライオンの顔が等間隔に飾られ、夕方になるとライオンの顔に照明が当たりライオンの顔が浮かび上がる仕掛けも取り入れた。通路が暗くなっても、ライオンの顔が光るだけで、明るく感じる「明るさ感」を出すことができる。そのため、来店者は回遊しても暗いと感じることはない。心理的には心地よい暗さが、落ち着いた雰囲気を助長させ、それがレストランへの誘導を促す効果も期待できる仕組みだ。光の役割は多岐に渡り、その効果も幅が広い。

現場の改修が始まり、照明器具の設置も順調に進でいた。ように見えた。共用通路のライオンの顔が壁に取り付けられ、照明器具も設置された。試験点灯が終了し、時間と照度をコントロールするスイッチにプログラムを仕込んでいる時だった。 天井から若い声が聞こえてきた。今回は女性の声だ。ちょっと甲高くハキハキとした物言いをする声だ。

 

「眩しい。 なんで私がこんなに目立っているの? 目立つのはライオンの顔でしょ。 私が目立ってどうすんのよ。 しかも、まぶしい。 グレアカットされてないし。」

 

来たぁ。天井から聞こえてくる声。小学校の時から聞こえてはいるが、そのほとんどは若い声だ。年老いた器具は、諦めもあり文句を言う元気もないのだろう。寿命を全うするのを静かに待っているかのような感じがする。古い施設や店舗より、比較的新しいところやリニューアルされた場所の天井から声が聞こえて来る場合が多い。今回も改修の規模が大きい分照明器具の設置台数も多い。多分どこかで聞こえるだろうと予想はしていた。

「眩しい?グレアカットフードが付いていないねぇ。 これじぁ確かに眩しい。 取り付け忘れだね。 内装監理室に言っとくよ。」

照明器具に取り付けられるはずだった眩しさを抑えるフードがある。スポットライトに付属するオプションを指定したが、電気工事の作業者が取り付け忘れたと思われる。おそらくフードを取り付ければ、このスポットライトからの声は聞こえなくなるはずだ。

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