「あかりの気持ち」
「これじゃ、ちっとも美味しく見えない。誰も買う人なんかいないよ。」
スポットライトは精肉用ショーケースのA5等級の松坂牛を照らしながら三原颯太に注文をつけた。
「こっちに向ければいいの?」
「向きは良いんだけど、ちょっと光が強すぎる。もう少し柔らかい光にして欲しんだけど・・・ 出来る?」
「調光スイッチ付けてあるから大丈夫。ちょっとやってみる・・・」
颯太はバックルームにあるひかりの明るさを調整出来る調光スイッチで明るさを少し暗くしてみた。
「どう? 良くなった?」
「そうじゃない。明るさはそのままで光を散
らして欲しんだ」
オープンに備えてショーケースの中には様々な精肉がところ狭しと並べられ綺麗に整えられている。
颯太はその時の状況からこんなことを考えていた。
「スポットライトにレンズを付けて光を散らさせるか。広い照射角度の照明器具に交換するか。」だ。
レンズを付ければ今付いているスポットライトは活きる。しかし、器具を交換してしまうとこのスポットライトはここで仕事が出来なくなるばかりでなく、捨てられてしまう可能性だってある。それは避けたい。店のリニューアルプレオープンは明日に迫る中、最適な答えを探さなければならない。しかし、今のスポットライトが言う条件を満たすには器具を交換するのが一番いい解決方法だ。原因は自分にある。この場所に最適だと思って選んだ当の本人だからだ。
スポットライトの声さえ聞こえなければ・・・
別にどうって事もなく、考える事もなかっただろう。
グラム売りをする精肉用のショーケースは二種類の照明で様々な精肉を美味しく見えるように演出している。一つはショーケース内側の棚にあり、近い位置から少しピンクの色を混ぜた光で照らす。もう一つは天井から少し強い光でショーケース全体を照らす。遠くから見てもどの精肉も美味しそうに見えるようにする為である。棚の照明からの声は聞こえなかった。天井のスポットライトが注文を言ってきたのである。ショーケース全体に当てる光のバランスが悪い。言われてみれば確かにそうだ。明るいところと暗いところが出来て精肉の色が違って見える。これじゃ、精肉達からクレームが入る可能性も否めない。
「早くレンズを付けてくれよ・・・」
スポットライトは、懇願した。
「わかった。わかった。レンズを付けて光を散らばせてみよう。 そうすれば満足する
のかい?」
颯太はスポットライトに聞いた。予想は付いていた。どうすれば納得してくれるかも。
「やむを得ないね。本当はもう少し広い角度の器具がここには適しているけどね。僕じゃなくてね」
スポットライトもわかっていた。この場所に最適な照明器具は自分ではない事を・・・。
よし。わかった。レンズを作ってくる。オープン後になるけど、それまで少し我慢してくれないか。 ひかりの強さのバランスが悪いから向きはとりあえずショーケースの下に向けておくよ。 レンズが出来るまで棚下照明だけでがんばってもらうよう店のマネージャーには俺から言っとく」
仕方がない。ひかりを散らばすレンズを探すことにしよう。早速颯太は小光電機のカタログを広げ、オプションでレンズの交換が出来るか確認した。幸い、ディフュージョンレンズのオプションがあった。これで何とかなる。あの場所に行っても声が聞えないで済む。
レンズの入荷後、早速スポットライトが付いてある精肉店に行き、店の閉店後にレンズの取付け作業に入った。脚立に登りスポットライトの前面にレンズを装着した。ショーケース全体に均等に光が照射され、精肉の色も鮮やかに見える。遠くから見てもとても美味しそうに見え、ショーケースに吸い込まれて行くような感覚になる。満足な仕上がりになった。スポットライトは、
「まあ、こんなもんかな。大丈夫だよ」
と言ったきり、その後スポットライトからの声は聞こえなくなった。やれやれだ。