レストランの照明たちの声
「ちょっと待ってよ。ここでこれから働くの?とても我慢できそうにない。なんとかならないのかなぁ。どうにもできないの?」
訴えるのは、高崎市下小鳥町に新しくオープンしたイタリアンレストラン「ブレッザ」の照明たち。特に店内のダウンライトは職務放棄の勢いだ。外のアプローチから入口までのスポットライトは大きなため息とともに打開策を考えている。さわやかなそよ風が吹くイメージのインテリアデザインが印象的な店内は、外光を取り入れるべき大きな窓があり、窓にはイタリア製のファブリックが品良く設えてある。天気の良い時は眩しさを抑える効果を考えた程よい厚さ生地を通す光りは店内の色をやさしく変える。季節に合わせて生地の色を変える工夫もしてある。春夏は寒色系の色、秋冬は暖色系の色。そして、店内とつながっているインナーテラス席はガラスに囲まれている。ここにも大きなファブリックがインテリアの品格を助長させる工夫を施してある。この大きなファブリックを透過する光はは外光を利用した巨大な間接照明を作っている。そして、空間を彩る観葉植物に、小さな小物たち。さりげない空きスペースが空間のバランスに大きな効果を発揮している。このさりげない気遣いがゲストを丁寧に迎えていることがわかる。店のスタッフはテキパキと無駄な動きも無くさりげなくお客に気をかけてくれている雰囲気が伝わりストレスも無い。料理の質も高くメニューも豊富。オープン当初はランチを軸に夜の集客で客単価を上げる予定である。やさしいピアノのBGMに包まれるとまるでフィレンツェの高台の石に腰かけて街並みを眺めているかのように感じられる。時間を忘れ、心地よい雰囲気をいつまでも楽しみたいと誰もが思うはずであり、確かにそうである。ここまでは良い。問題は夜のディナーだ。日が落ちて店内の照明たちが仕事をする時間からである。爽やかな空間をイメージしたまでは良いが、照明の色も爽やかな白色にしてしまった。日中は外光の光りで十分だし、照明の効果が必要なのは店内の奥のテーブルの一部だけである。夜はテーブルキャンドルを置き、小さな炎の揺れを演出し、ディナータイムを楽しんでもらうはずだった。クリスマス用に考えた特別メニューの案内もデザインが良く思わず予約したくなる内容だ。
「どうにも我慢できない。ダメだ。これじゃ30年前からある定食屋と同じじゃないか。むしろそれより悪い。テーブルに座ると俺たちの光りが眩しすぎる。パっと明るい爽やかな空間にって選ばれたはずなのに。ココは俺の居場所じゃない」
「じゃあ、私はどうするの?ディナーを楽しみに来てくれたお客様をお出迎えするのよ。これじゃ、まるで駅のホームだわ」
「そっちの方が少しマシじゃないか。光りの向きを変えれば良いんだし。」
「でも、光りの色は変えられないわ。どう考えてもここに適した色は電球色よ」
「そんなこと言ったらこっちもそうだよ。
そもそもキャンドルに白色の照明なんてあり得ない」
「店内のスイッチには調光機能が付いているんじゃなかった?」
「調光はできるけど、色は白のままだよ。白色のままで暗くすると陰気臭くなるし」
「キャンドルの光りがあるじゃない。こっちは私の光りだけよ。どうするのよ」
オープンしたばかりなのに、照明たちは夜になるとざわついていた。無理もない。インテリアデザインを手がけたデザイナーはフィレンツェの爽やかな空間をイメージし、爽やかイコール白と思い込んでいた。さらに当初は調光スイッチすら計画されていなかった。調光スイッチを提案したのは施工する電気工事屋のおやじさんだ。キャンドルを灯すには明るすぎるのも何だしと工事の途中でスイッチを調光機能付きに切り替えたのである。経験豊富なおやじさんはもしもの事を考えて調光機能付きの照明を準備していた。最近の飲食店は夜の雰囲気を考え明るさを変える現場が多いことが分かっていたためである。本来は工事業者向けの照明器具リストがあり、そこには照明器具の型番がキチンと明記されている。工事業者はそれを元に照明器具を発注し図面を確認し器具を取り付ける。しかし、今回の現場は器具の詳細の指示はなかった。ダウンライトの器具の大きさや色温度を確認する必要があった。そのため、電気屋のおじさんはインテリアデザイナーに問い合わせをした。大きさはできるだけ小さく照明の色は爽やかな白色との答えだった。長年の勘で後からやり直す手間のことを予想し予め調光対応の器具を選んでいたことが幸いした。LED照明を点灯するには電源ドライバという機器が必要であり、この電源ドライバが調光の有無を決める。しかし、問題は別のところにあった。明るさを変えられることよりも、照明の光りの色である。事務所のような明るく白い光りではいくら爽やかでもイタリアンレストランでは何とも雰囲気が出ない。
「あぁあ、どうにもならないのかなぁ。せめて色変換フィルターで色温度変えてもらえれば良いのに。誰も気が付いてくれない。毎日夜を迎えるのが悲しいよ」
残念だが照明器具たちには為す術がない。
そんな時、颯太はパパとのスキーの帰り道にたまたまこのレストランに立ち寄った。そして店内からのBGMに紛れて時々聞こえる声。またもや上の方から何やらブツブツ言っている気がした。
「今日もお客さん少ないなぁ。新しい顔ばっかり。白い光りでキャンドルはやっぱり受け入れられないや。誰か気が付いてくれないかなぁ。リピートのお客さんがいないのは白い光りが原因だってことを。」
「パパ、この前さ、ママにも話したんだけど、電気たちが何か言っている声が聞こえるんだけど、パパ、今、何か聞こえる?」
「はっ? 電気の声? 何言っているの。ちょっと今日は滑り過ぎて疲れたんじゃないのかい。ピザ食べて、帰りの車は寝ていていいから。」
「で、何て聞こえるの?」
「お客さんがいないのは白い光りのせいだって」
「白い光り?光りが白いとお客さんが来ないの?」
「良くわかんないけど白い光りが悪いって言っている気がする」
「まぁ、ママにも相手にされなかったからパパもそうかって思うんだけど、この前家のそばにある街路灯からも声が聞こえた気がしたんだ。電気が喋ることなんてないよね?」
その後、パパはやや面倒な顔をしてその話題には触れず、食事を終え帰路についた。疲れていたせいもあり、車の中ではぐっすりと眠り、レストランでの出来事は忘れていた。そして残念なことにランチは盛況なのにディナーは客足が増えず、二年も持たずにこのレストランは閉店してしまった。オーナーは最後までリピーターのお客さんが来ないのはメニューと味が原因だと思っていた。内装デザインに拘らず、定食屋で営業していたなら大繁盛だったに違いない。